2006年07月04日

アラン・ケイの語り

pop-aran.jpg

日経BP社IT Proより
「アラン・ケイが描く、パソコンの未来像」

前編
― 失われた13年を繰り返さないために


中編
― Webの技術進歩は遅々として進まず


後編
― 刹那的文化がすべての大人を愚か者に



・・・読んでおいて損のない内容です。
日々PCの前で過ごす自分の姿を客観的に見てしまいました。
やはりまだまだアラン・ケイさんのビジョンには輝きがありますね。
posted by ringo134 at 11:32 | Comment(3) | TrackBack(0) | Think
この記事へのコメント
 いつも面白い情報を有り難うございます!
 アランには、やっぱものすごく共感する。
 初めてTK80というワンボード・マイコンをさわったのがだいたい30年前だけど、確かに数万倍も性能が良くなった、なんてゼンゼン思えない。どこかに「莫大な無駄」が隠れているとずっと思っていた、っちゅうか、無駄だらけです、「Bill」のせいで(爆)
 一度、過去のソフト蓄積を全て反古にしてしまうような、それでもいいぞって思えるようなすっげーチップを誰か書いてみないかなあ。そこからコンパイラ作って、ゼロから立ち上げる。
 なんか、今のPCの延長に、未来は無い気がする。
Posted by HaironG at 2006年07月05日 00:37
ハイロンG先生、お久しぶりです。
コメントありがとうございます。

>TK80
やはり体感的に数万倍となるのは、
新たなパラダイムシフトが必要になるでしょうね。
電脳化(?)でしょうか(笑

>莫大な無駄
便利のようでいるシステムの中で
無駄を増産している可能性を
考えずに過ごしているかもしれませんね。

インタビューの後編の以下のような
話に繋がるかと思います。
---
技術が普及し、日常の一部になるということは、
本来の重要な目的が忘れ去られることを
意味するのかもしれない。
---
Posted by ringo134 at 2006年07月05日 11:01
ども、相変わらず糞会社で働いているbugmanです。

コンピュータテクノロジってのは往々にして
過去のしがらみが足枷となって進歩スピードを
緩めているものです。

日進月歩と言われているくせに、コンピュータの
中枢を担う CPU のアーキテクチャは大昔に
設計された 8086 の呪縛から抜けられないでいるのは
驚くべきことでしょう。

一旦安定してしまうと、たとえそれが複雑怪奇で
古い技術だとしても、移行コストを考えると
踏みとどまってしまうものです。
技術の新陳代謝(新技術の普及)を行うビジネス側が
進化を拒んでいるので、大きなパラダイムシフトが
起きるのは当分先ではないでしょうか。
Posted by bugman at 2006年07月22日 16:05
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